野原にて
鳥を、手放す人を見た。
「小鳥の頃から手塩にかけて、長く長く、育てた鳥なんです。
親と離して以来、手ずから餌を上げて、手乗りにしたんです」
空に薄く刷かれた雲に、小鳥は投げあげられた。
羽ばたいて、羽ばたいて、投げた人の手に戻って。
その人は、苦い様な顔をする。
「何度離しても戻ってきてしまう。
好いてくれるのは嬉しいけれど、私はもう飼っておく事が出来ないのです」
そう言って、もう一度空に投げ上げた。
私は、その人に背を向ける。
その人の幸せを願いながら。
願わくば、欺瞞の布よ、彼の人の目を覆い続けたまえ。
望む未来の話
触れ合わず、交わらず、関わらない。
誰の記憶にも留まりたくない。
誰にも迷惑など、掛けたくはない。
つまりは、零として、生きたいと思っていた。
模索して、失敗して。
未来に、手が届かない。
膝をついて俯いたまま、願掛けるように口にする。
「独りで、生きたい」
憐れむように、見下ろすように、彼女は言った。
「そんなの、無理だよ」
実感が、すとんと胸の中に落ちてくる。
それなら、未来に望もう。
明確な、零を。
「あなたは一体、誰ですか?」
問われて、私は固まった。
声も出せず、喉を引きつらせて、立ち尽くす。
答えることなんて、出来ない。
私の中は空っぽだから。
あの日被った婆皮を外したら、そこには何も残らないのだから。
婆皮になった祖母。
脱いでしまったら、どうしていいか分らないんだ。
帰り道
多賀「随分と道がこんでるな」
塩谷「時間が時間だからな。
なあ、裏道とかしらねぇの?」
多賀「知らないな」
塩谷「ちっ、使えない」
多賀「送ってもらって、どの口が言うか」
塩谷「頼んでねぇよ」
多賀「じゃ、降りるか?」
早瀬(うわ、空気が重い…)
蒲田「早瀬、前見ててね」
早瀬「え?」
テールランプの紅い光が続いている。
蒲田「大気が怒りに満ちている!」
早瀬「せ、先輩!?」(なぜこの空気をつつく!?)
蒲田「王蟲の怒りじゃあ!!」
多賀「ナウシカ?」
塩谷「…の婆様。
いくら名作だからって、その冗談は聞く人を選ぶぞ、オタク」
勇気と空気
囲んだ夕食、和やかな会話が続いていく。
食べて、笑って、また食べて。
その最中、ころり、一言、刺だらけの言葉。
「せっかくやってあげたのに、その態度は何」
きっとそれは、何気のない親子の会話。
言われて歪んだ顔に、吹き出しを書くのは簡単だった。
昔、呟いた言葉を思い出すだけでいい。
「…頼んで、ないよ」
そんな勝手な自己犠牲。
やりたくなければ、しなくていいのに。
もっと言うなら、
「何か言った?」
「…このお茶、美味しいなって」
喉を落ちる飲料は、熱さとともに苦さを増した。
木田高水泳部のキーホルダー
・塩ビ製で起毛加工済み
・動物園、水族館などでよく見る二つひと組の物
・解体して、ひとつはプールの教官室のカギ合鍵、もうひとつは部員へ
あさぎ→青いイルカ(携帯に)
大成→黒いペンギン(家の机の中)
透馬→緑のウミガメ(カバンの見えないところに)
基一→ラッコ(明奈と交換して携帯に)
明奈→マンボウ(基一と交換して携帯に)
真護→クジラ(車のキーに)
プールのカギは公式には合鍵はないのでその都度借りに行く。
が、たまにカギがあるのに開いていることも。
鬼のランク
高い順に、カミ、タマ、モノ、オニ。
龍牙はタマに近いカミ。
狐
ぱらぱら、はらはら、降るは雨粒。
雨降りお月は細面。
お山に提灯連なれば、白無垢花嫁揺られて行くよ。
しゃんしゃん、しゃんしゃん、鈴の音連れて、お馬に揺られて濡れて行く。
それ見た御坊がお稚児に言うた。
其処な嫁御はキツさんだ。
狐御領の嫁入りだ。
忘れるな、忘れるな、忘れるな。
何度も、同じ痛みをなぞる。
噛み締める。
それでも、この馬鹿な頭は、どんどんと記憶を消去していく。
忘却していく。
「嫌だ!」
拒否の言葉ですら、いつかはすべて過去になる。
2010/06/28