「いい、もう少しやって行く」
信乃は、愛想の欠片も存在しない声で素気無く額蔵の提案を拒否した。
「信乃さま!」
浜路が窘めるような声で呼んだが、それすら無視して、くるりと木立に向き直る。
影が、心なしか濃度を増していた。
(一緒に、なんて、冗談じゃない)
信乃は、額蔵が嫌いだった。
亀篠の手下と言うだけでは無い。
馬鹿にされようが殴られようが、へらへらと笑うところが、大嫌いだ。
他人との衝突を怖がり、逃げ回っているようにしか、思えない。
嫌なことがあれば、怒ればいい。
抗えばいい。
そうでないなら、父のように受けて立てばいい。
信乃は、そう思っている。
ムカムカと胃の腑が熱を持つ感覚が信乃を襲う。
何とも、気分が悪い。
感情を振り払うように、信乃は木刀を振り上げた。
「あの、信乃さん」
額蔵に呼びかけられても、信乃は振り向きもしない。
邪険にされ、額蔵は、眉尻を下げた。
「実はおれ、焚き木を集めなければいけないので、すぐには帰れないんです。
だから、暗くなる前に、浜路さまを送って行ってはいただけませんか」
ちらりと信乃は額蔵に視線だけを送る。
額蔵はやはり、信乃の嫌いな、曖昧なほほ笑みを浮かべていた。
「ほら、最近は物騒じゃないですか。
小さな合戦も頻発しているし、何処に野臥せりがいるかも分からない。
いくら里山といえど、浜路さまだけで歩かせるのは、心配ですから」
信乃は、額蔵を振り返る。
浜路が、心配そうにおろおろと、二人の顔を見比べていた。
「…分かった」
答えた信乃は、模造刀を提げたまま、豆だらけの手で浜路の白い手を引く。
浜路は、安心したような、少しだけ不満そうな顔で、草や枝の凪払われたけもの道を下った。
その後をトコトコと、与四朗が追い掛けて来る。
「額蔵!」
浜路は残った額蔵を振り返り、名前を呼んだ。
「額蔵も、暗くなる前に帰って来てね!」
額蔵は浜路に手を振り返しながら、また、困ったような顔で笑っている。
そして、枯れた木の枝を探してか、森の薄闇に消えた。