信乃は、夢を見ていた。
夢の中では、信乃はまだ幼く、手を引かれて歩いている。
繋いだ右手は、温かな感触がした。
「どこに行くのですか、母上」
繋いだ手を離さぬまま、信乃は母を見上げて問う。
霞の中で顔は見えなかったが、信乃はその手の主は母であると思った。
「あなたの、居るべき場所よ」
「私の…?」
母の言葉の意味を計りかね、信乃は小首を傾げる。
「そう、あなたの。
一緒に行きましょうねぇ」
「はい」
真綿のように柔らかな声に、信乃は笑う。
同時に、何故だかとても怖くなった。
それでも、握られた手が離せない。
「信乃」
名前を呼ばれて振り向けば、険しい顔をした番作が立っている。
傍らには、与四朗もいた。
白い靄に包まれて、一人と一匹は、ただ信乃だけを見つめている。
射るような視線は、とても強い。
「父上…、与四朗…」
呟くように、名を呼ぶ。
無性に悲しくなって涙が流れたが、今の信乃には理由が分からない。
番作は、微かにほほ笑んだ。
その笑顔もまた悲しそうで。
憐憫の様な、後悔の様な表情はすぐに消え去った。
再び険しい顔に戻って、番作は怒声を上げる。
「信乃、村雨丸を守って生きよ。
父のこの言葉が聞けぬのなら、お前は親不孝者だ!!」
同意を示すかのように与四朗が、吠える。
信乃の手が熱を持つ。
母と繋いだ手とは、逆側の手だ。
手を開くと、中には見覚えの無い珠が一つ。
「これは…?」
呟きに呼応するように、手の平の上で、突如丸い石は発光した。
溢れ出るように続く光に、繋いでいた母の手が、離れて行く。
眩みそうな光の中、珠には文字が浮き上がっていた。
父の声がこだまする。
「強く生きろ、信乃」
煌々とした光は、強さを増した。
輝いて、輝いて、何ものも全て、包み隠さずに照らし出す。
霞に見えなかった、母の顔までも。
「おのれ、また邪魔をするのか、伏姫…!!」
光の中で、苦鳴を上げる女の顔が見えた。
それは、般若のような形相をした、見知らぬ女の顔をしていた。